月兎Ⅱ 8

 かしゃん、と朝の住宅街に、金属製の門扉が開かれる音が響いた。
 菊丸はそれを合図に部屋を出た。

「おはよう」
 白い息が立ち昇っていく。大石の頬は少し赤く染まって、今朝が寒い朝だということを教えていた。
「悪いね、俺にあわせて早出にさせて」
「ううん。早起きは苦じゃないんだ」
 それより、わざわざ寄り道をする大石は自分より更に早く起きているワケで。
「ならよかった」
 微笑まれて居心地が悪くなる。そんな菊丸には気づかず、大石は隣に立って歩き出した。
「やっぱり部活はいいね。大勢だと楽しいよ。ずっと引きこもりみたいな生活だったしさ」
「だよな~」
 適当に相槌を打つと、大石は
「あ‥でも、英二と二人だけの練習も楽しかったよ。なんたってテニス部のアイドルを独り占めだもんな」
などと、思わず赤面しそうなセリフを吐lく。
「あ、アイドルって‥なんだよそれ~~! いっつもダブルスで一緒じゃん」
「だって英二はいつだって後輩に囲まれてるだろ? それを俺の練習相手になるために蹴って来てくれてさ。ちょっと優越感。」
「そ‥そん、な‥」
「またやろうな‥近いうちに」
 どうして、今そんなことを言うのだろう。
 以前はそんな風に言われたことはなくて。
 だからずっと、片想いだって思っていたのに。
「そんなことないって! 大石だってみんなに好かれてるだろ?」
「そうかな‥きっと面倒見がいいからってだけだろ」
「違うね! 人徳ってやつ?」
 話題が逸れて、菊丸はほっと胸を撫で下ろした。

 まるで口説くような大石の態度は、菊丸を雲の上に放り上げたり、奈落の底に突き落としたりする。
 好意を持たれるのは素直に嬉しい。
 けれどそれがまた友達の一線を越えることがあれば、同じことを繰り返さなくてはならないから‥。
 そこまで考えて、いや、と首を振ってその考えを追いやった。
 もともと男同士でそんなことを考える大石ではない。あのときの大石は、菊丸の秘密を知って少し普通でなかっただけだ。

「なー大石、年明けの練習試合さ‥」
 とりあえずもっとも当たり障りのないテニスの話が一番落ち着く、と菊丸は思った。

◆◆◆

「あ、おはようございます」
 年の瀬も迫ってきたある朝、いつものように菊丸宅の門扉をくぐると菊丸の姉が玄関を開けた。
「ごめ~ん、英二寝坊してさ、まだ仕度出来てないみたいなの~」
「大石、あと5分!」
 奥のほうから菊丸の慌てた声が聞こえてきた。
「英二大丈夫だぞ」
 少し声を張り上げて伝える。どたどたと足音が聞こえてきて大石と菊丸の姉は顔を見合わせて笑った。
「それにしてもいつもありがとね~。朝タイヘンでしょ?」
「いえ、冬休みだし朝練の時よりは全然遅いですから」
「朝練あったときもずっとだったしさ」
「‥‥え‥?」
「そんで暫く来ないからなんだろって思ったら、風邪ひどいってことじゃない? あ、もしかしてこのせいで風邪こじらせたんじゃないの? 大丈夫?」
「あ‥いやあの‥そうじゃないんで‥インフルエンザは妹から感染して‥」
「そうなんだ。英二ったら結構へこんでたからさ」
「‥‥あの‥朝‥暫くこなかった‥時‥って‥」

 大石の中に、置き去りにされていたひとつのピースが浮かび上がった。
 30分早くセットされた目覚まし。そして用意されていた弁当と朝食。
 
「そうなのよ~。朝からヤル気ナッシングでさあ! 英二ったらたいがい大石ダイスキで、なつくってかもうカモとヒナ状態だよねぇ。でも末っ子で甘やかされるの当然だと思ってるから面倒見るのタイヘンでしょ、ホントごめんね~~」
「姉貴! 何余計なこと言ってんだよ!」
「あ~せっかく弁当作ったのになによ~」
「当番じゃんか! もう、大石行こ!」
「いってらっしゃ~い。英二をよろしくね~セイガクのおかーさん」
 ばたんと勢いよく菊丸が玄関のドアを閉じた。

「まったく! 誰彼構わず俺の友達には末っ子でわがままだからごめんね~とか言うんだぜ! もう子供じゃねっつの!」
 ぷりぷりと怒りながら早足で歩いていく。
「なー大石‥‥大石? どうかした? 遅れたから怒ってる?」
「あ‥いやその‥英二‥あのさ‥」
「にゃに?」

 丸い大きな目に見つめられて、大石は言葉を探した。

 どういうことなんだ
 俺は、いったいいつからお前を朝迎えに行っていたんだ

 何故

 そう、何故

 英二はそのことを、黙っていたんだ‥?


==========

つづく


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この記事へのコメント

成瀬
2007年07月04日 17:24
もしや大石、自力で思い出すフラグ?まだ?それにしても大石のタラシなセリフにはドキドキします。英二ツラいだろうな~(;_;)
ももえ
2007年07月05日 08:47
なるせさま>
展開については‥‥そう簡単に思い出したら面白くないよね!‥とだけ申しておきます。
ウサキクⅡのテーマは「英二を追っかける大石」(ある意味ストーカー気味)なので、そこはじっくり書きたいと思ってます!